最近、自分の中でなんだか不思議なくらい穏やかな境地が続いています。
特別な理由があるわけではないのですが、ただ「あぁ、幸せだな」と感じる時間が増えました。
普段は、自分の住む海の近くの街で自然を感じながら、自宅でWEBの仕事をしています。時には、作業に追われて少しストレスが溜まってしまうこともあります。
でも、そんな時は仕事の手を休めて、サイレントギターをポロポロと弾いたり、制作中の自作のデモ音源を聞き返したりします。そしてベランダに出てのんびりコーヒーを飲みながら、ただ目の前にある木々の緑が風に揺れるのをぼんやり眺める。

それだけで、すーっと胸のつかえが取れて、なんとも言えない多幸感に包まれるんです。
何気ない日常のワンシーンですが、こういう静かな時間を持てる生活ができていることが、本当にありがたいなと感じています。
満たされることには「2つの種類」がある
世の中には、「好きな仕事で大成功して、お金持ちになれば幸せになれる」と考える人も多いかもしれません。でも、自分は少し違う見方をしています。
「満たされる」という感覚には、大きく分けて2種類あると思うんです。
1つは、「エゴ(自我)が満たされる」ということ。
誰かに認められたいという承認欲求や、もっと良いものが欲しいという物欲が満たされることです。確かにその瞬間は気分が良いのですが、それは一過性のもので、すぐに「もっと、もっと」という欠乏感が顔を出します。どこまでいってもキリがなく、ずっと何かを追いかけ続けなければなりません。
もう1つは、「魂が満たされる」ということ。
これは、人からの評価や結果に関わらず、「やっていること自体に喜びを感じている状態」です。
僕にとっての音楽づくりがまさにそれで、売れる曲を作りたいわけではなく、ただ自分の「心の風景を残す行為」として楽しんでいます。
最近行ってきた中国やベトナムなどのバックパッカー旅もそうです。観光名所を制覇するためではなく、「本来の自分を取り戻すため」に歩いているだけ。

成功するかどうかはどうでもよくて、ただその行為自体に没頭できている状態。これ以上の報酬はないなと思うのです。
ライフワークなんて、無理に探さなくていい
「魂が満たされること」なんて言うと、なんだか壮大で、「早く一生のライフワークを見つけなきゃ!」と焦ってしまう人もいるかもしれません。
でも、決してそんな大げさなものじゃないんですよね。
自分にとっては、ベランダで飲む一杯のコーヒーだったり、ミニマリズムやジュガール精神(あるものを工夫して活かす精神)を取り入れて、地球に優しく、身軽に暮らすことだったりします。
実は先日、お風呂場のぶち破れていた網戸をやっと修復したところでした。
古い団地なので建具も旧式。崩壊していた網を取っ払って新しいものに張り替える作業はなかなか大変だったのですが、きれいになった網戸から、蚊の侵入を心配することなく心地よい風がスーッと入ってくるのを感じたとき、なんとも言えない満足感で気分が良くなりました。

ちなみに我が家はバスタブがなくシャワーのみである。
そういった、仕事やお金に直結しない日常の小さなことこそが、心を深く満たしてくれます。
目的や見返りを求めず、ただ「やること自体が喜び」という純粋な感覚で生きていると、結果的に心がいつも穏やかで、風通しのいい状態を保てるような気がします。
少し働き、少し作り、少し旅をする
これからの自分の人生は、無理に規模を「拡大」していくのではなく、本当に大切なものだけを残していく「純化」がテーマだと考えています。
少し前までは、もっと熱狂や勢いを求めたり、誰かに認められたいという気持ちがあった気がします。でも最近になって、そういうフェーズはもういいかな、と思えるようになりました。
今はただ、本当に好きな音を鳴らし、心地いい人間関係だけを保ち、必要十分なお金のために少しだけ働き、そしてまた少し旅に出る。
お金や成功よりも、自分が日々ご機嫌で、心地よくいられる「幸せ」を最優先にする。
一見遠回りのように見えて、実はそれが一番、自分らしく豊かな人生を送るための最短ルートなのだと、揺れる木々の緑を見ながら、そんなことを思っています。

このブログを読んでくださった方の心も、少しでもふっと軽くなれば嬉しいです。