最近、台湾から中国南部の広東省、そしてベトナムへと、2ヶ月かけてゆっくりと移動する旅をしてきました。
(その時の様子は、いつも通りYouTubeのVlogでも発信しています)
今回の旅でも、飛行機でひとっ飛びすればすぐ着くような距離を、あえてフェリーで海を渡ったり、鉄道やバスなど陸路で時間をかけて移動したりしてみました。

列車ごとフェリーに乗るという面白い体験をした。
そうやって「ゆっくり」移動する旅を続けていると、気づくことがあります。
それは、「人の歩くスピード(あるいはローカル列車のスピード)でしか見えない景色がある」ということです。
便利さや速さの向こう側に落ちているもの
例えば、タクシーでサーっと通り過ぎてしまう道でも、自分の足で歩いてみると、
「あ、こんな路地裏に美味しそうな屋台がある」とか、
「この街の人たちは、夕方になると家の前に椅子を出して将棋を打つんだな」とか、
ふとした日常の営みに気づくことができます。

飛行機や新幹線を使えば、目的地の有名な観光スポットに最速でたどり着けます。それは確かに便利で、効率的です。
でも、その「移動の間」にある名もなき街の風景や、現地の人とのちょっとしたやり取りは、全部すっ飛ばしてしまうことになります。
速くて便利なことだけが、旅の(そして人生の)豊かさではない。
むしろ、効率を手放して、名もなき街の空気をゆっくりじっくり味わうことのなかにこそ、本質的な豊かさが隠れているのではないか。最近、本気でそう思うのです。
人生の「成果」を急いでいないか?
これは、人生の歩み方にも同じことが言える気がします。
世の中を見渡すと、若くして大成功を収めたり、最短距離で効率よくキャリアを積み上げたりする人がもてはやされがちです。
そんなスピード感あふれる人たちを見ると、「自分は人より遅れをとっているんじゃないか」「こんなのんびりしていて大丈夫か」と焦ってしまうこともあるでしょう。

でも、人生は早くゴールにたどり着けば勝ち、というものではありません。
もし自分の歩みが他の人より遅く感じたとしても、それが「ダメ」なわけでも、「劣っている」わけでもない。
ただ、「人生という景色を、ゆっくり味わう豊かなコース」を選んで歩いているだけだと考えてもいいんじゃないでしょうか。
自分の「好きなスピード」で歩けばいい
旅のスタイルに正解がないのと同じです。
短期集中で名所をコンプリートする旅(走るのが好きな人)もあれば、
僕のように、ローカルな食堂で地元の人に混ざって何時間もぼーっとする旅(歩くのが好きな人)もあります。

それは優劣ではなく、ただの「好みの違い」です。
だから、自分の歩みがゆっくりであることを恥じる必要なんて、少しもありません。
今回のケセラセラ のんびり、じっくり味わおう
毎回旅先のどこかで、これといった予定も立てずにノマド生活を送っている時間。僕はその「遅さ」が心底心地よいと感じていました。

こんなに広いのに他に誰も客がいない。
人生も同じです。
ゆっくり進むからこそ、見つけられる小さな喜びや、出会えるご縁がたくさんあります。
「遅さ」もまた、人生の立派な豊かさのひとつ。
焦らず、競わず、その豊かさをたっぷり味わいながら、自分のペースで進んでいけばいいのだと思います。